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『ジェニン通信』
今日やっとジェニンに入る事が出来ました。現地に行ってみると共同通信や読売新聞といった日本の大手のみならず、世界中の大手が取材に来ていました。フリーランスのフォトグラファーも当然来ていて、この地ジェニンへの関心の高さを感じました。 何人かのフォトグラファーと話したら、既に数日前からジェニンに入っていたとのことです。方法はこれと言って特別なものではなく、何度捕まっても違うルートから草むらを這ったり、山を越えたりしたそうです。命惜しさに怖じ気づき、軍のブリーフィングの取材でお茶を濁した自分がつくづく情けなくなりました。 早く入れば良いってものではないですが、ここジェニンに関しては早く入っていれば、イスラエル軍に破壊された建物、殺された人、戦車の轍など、(もしイスラエル軍が虐殺をしていたのなら)虐殺の証拠が生々しく残っていた可能性があります。実際、いち早く現地入りしたプレス関係者は死体をまたぎ、ブービートラップ(仕掛け爆弾)を避け、半壊のビルの間を縫っての危険な撮影だったと聞いています。 今日の段階では、かなりあった半壊のビルをブルドーザーやパワーショベルで崩し、瓦礫の下敷きになった多くのパレスチナ人の捜索、それに全壊したビルの中から使用できそうなものを掘り出す作業が生き残った家族総出で行われている状況でした。放置してあった遺体は病院に収容され、緊急を要する生存者の救出作業などはほとんど見かけませんでした。
ジェニンに関する報告は、私の報告の中で非常に重要な部分を占めることとなると思いますので後日、頭の中を整理してそれに臨ませてください。 ただ手短に、ジェニンの感想を一言で言わせてもらうなら「今日見たものは全て忘れてしまいたい・・・」です。 もし、許されるなら、誰が殺ったとか、誰が殺られたのか、どのように・・・などという事は一切知りたくもない、とにかくなかった事にしたい。それほど壮絶でした。 夏場の生ごみのポリ袋の中に頭を突っ込んだような匂い。排泄物とも内臓とも分からない泥状異臭物、半開きの眼で死んでいる赤ん坊。あまり、ことをセンセイショナルしたくないし、冷静に報告したいのでもう少し時間を下さい。
ここで起きた事はすぐに新聞、雑誌、TVなどで皆さんの目に触れる事になるでしょう。誰が、どのように、といった検証は様々な種類が出てくるかもしれませんが、起きた事象は変わりません。 皆さんは、私、森口がこの歴史的悲劇のあったジェニンに事件後入り、その有り様を見、感じ、撮影したということを覚えておいてください。皆さんにとって、もはやジェニンは全く他人事ではありません。 以上
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