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森口康秀
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『ジェニン報告』 part3 前編


『ジェニン報告』part3では、ジェニンの難民キャンプでいったい何が起こっていたのか、なぜそれが起きたのかを、イスラエル、パレスチナ双方の証言、発表を分析し、検証したいと思います。


撤退するイスラエル軍 撤退するイスラエル軍

イスラエル軍・警察はパレスチナ人による一連の自爆攻撃(立場によっては自爆テロ)、襲撃事件の殆ど全てがパレスチナ自治区内で準備され、イスラエル国内で実行されたことを突き止めます。まあ、突き止めると言っても、こんな事は周知の事実で、恐らくパレスチナ人ですら否定しないでしょう。

イスラエル軍は諜報機関や警察の情報に基づき、テロリスト(立場によっては運動家)と、そのアジトの掃討作戦を開始します。今回の作戦は『Operation Defensive Shield』(守りの壁作戦)命名され、攻撃ではなく自衛作戦ということを強調しています。

本来、パレスチナ自治区内の捜査は、パレスチナ警察の仕事ですが、イスラエルにおける自爆や襲撃にパレスチナ自治政府が関与していると判断された以上、パレスチナ警察に捜査は任せられません。

それでは、イスラエル警察がパレスチナ自治区で捜査活動を行えるのかといえば、それもできません。基本的に警察というものは国内治安維持活動を遂行する組織として存在しています。パレスチナ自治区はイスラエルの警察権力の外に位置します(例外はある)。

上記のような理由で、イスラエル政府は軍の出動を命じ、テロリスト掃討作戦を展開します。これはかつてアメリカが、麻薬密輸の中心犯であり、国家元首でもあったパナマのノリエガ将軍を越境して逮捕した軍事行動と似ています。あの時もアメリカの警察官がノリエガを逮捕しに行ったのではなく、アメリカ軍が出動しています。

イスラエル軍のテロリスト掃討作戦といっても、基本はテロリストの逮捕です。通常の警察活動であれば、あれほどまでに凄惨な結果を双方にもたらす事はなかったでしょう。では何故パレスチナ自治区、特にジェニンではあのような悲劇が起きたのでしょうか。

イスラエル側の主張する、パレスチナ自治区への攻撃の『正当性』は前回の報告と、この報告の上記のような理由ですが、パレスチナ側の主張する、抵抗活動の『正当性』は以下のようなものとなります。

パレスチナ自治区はたとえまだ『国』ではなくても彼らの家があり、家族が暮らすパレスチナ人の『土地』であり、『自治区』です。そして彼らは半世紀以上イスラエル人によって苦しめられ、生活権のみならず、生命を危険に晒しながら、多くが難民として貧困に喘ぐ暮らしをしています。

脆弱な抵抗力しか持たない彼らにとって、身を呈して(自爆や襲撃によって)イスラエルに攻撃を仕掛けるパレスチナ人は、まさに『ヒーロー』そのものです。敵性民族イスラエル人の軍隊が、『パレスチナ人の土地』であるパレスチナ自治区に、『ヒーロー』を逮捕しにやって来た場合、パレスチナ人のとる行動はたった一つです。

パレスチナ人たちは、自分たちの土地(生活圏)、家族、仲間を守るためイスラエル軍に対する抵抗活動を(たとえ勝てないと分かっていても・・・)開始します。ここはパレスチナ人の暮らす土地です。

銃撃された乗用車 銃撃された乗用車

イスラエル軍がジェニンで作戦を展開する前に、イスラエル兵が通りそうな通路、捜索しそうな家屋に仕掛け爆弾をセットし、ビルの中や屋上にスナイパー(狙撃手)を配置しました。それに志願するのは子供から老人まで、そこに住むパレスチナ人たちです。武器を扱えない者は体に爆弾を巻き着付けてイスラエル兵に突っ込みます。恐怖は「アッラー・アクバル」(神は偉大なり)の一言で吹っ飛ばし、ジハード(聖戦)の名のもと、シャヒ−ド(殉教者)になることを受け入れます。

イスラエル兵は、家屋への攻撃の前に民間人には避難を、戦闘員には投降を呼びかけました(避難に十分な時間を与えなかったとの証言もあり)。しかし町を守るために一致団結したパレスチナ人の多くはそれに応じず、各自の配置で戦闘に待機します。一部の家族は人の盾となるため(強制的か、自発的かは不明)戦闘員が潜む家屋に残りました。

イスラエル兵による掃討作戦は、提供された情報に基づき、当初、各家屋一軒一軒行われましが、アンブッシュ(待ち伏せ)、ブービートラップ(仕掛け爆弾)、スーサイドボム(自爆)などで多くのイスラエル兵が死傷しました。パレスチナ人は戦闘員ではあっても、正規兵ではないため、共通の軍服が存在しません。そのため特に戦闘中は、民間人と戦闘員の区別が難しく、一般市民を巻き込む戦闘事故が発生したと思われます。

『ジェニン報告』part1で触れた疑問の一つ目、「無傷の家屋の間にある完全に破壊された家屋」についてですが、パレスチナ人の証言では、「意味も無くぶっ壊した」とか「私たちを苦しめるためだ」というものが大半でした。

しかし、これについては、イスラエル側の「イスラエル軍への発砲、および戦闘員の潜伏が確認された」という証言のほうが説得力があります。ただそれが誤認や誤射であった可能性はあります。こういった緊張状態の中で、『嫌がらせ』をしている時間など無いのではないでしょうか。

『ジェニン報告』part1における2つ目の疑問、「激しい空爆も無かったのに、どうしてあんなに跡形も無くキャンプの一部が消滅したのか」についてですが、これはイスラエル軍の作戦行動の変更が大きく影響しています。

ジェニンは、他のパレスチナ自治区の町よりも少し遅れて作戦行動が展開されたため、イスラエル軍の侵攻に対する抗戦準備時間が比較的多く取られたとされています。

ジェニンでの作戦行動は多くのイスラエル兵の死傷者出し続けます。そして4月9日に一度に13人のイスラエル兵が死亡するという戦闘(自爆と待ち伏せ)が発生しました。これだけの数のイスラエル兵士が、一作戦において一度に死亡するのは極めて希なケースで、イスラエルの軍と国民に大きなショックを与えたことは現地報道を見ても間違いありません。

これを契機に、イスラエル軍は兵士の安全を最優先するテロリスト掃討作戦に切り替えます。これは同時にパレスチナ人に対する『警察行動』が『軍事行動』にシフトされたとも言えるでしょう。

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関連リンク

『ジェニン通信』
『ジェニン報告』 part1

『ジェニン報告』 part2

『ジェニン報告』 part4 前編


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