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『イスラエル・パレスチナ取材日誌 2001』 第3部 昨夜ガザから帰ってきました。ガザはインターネット環境が悪くて日本語のフォントなんてないのでメールを遅れませんでした。連絡がないということで、心配された方もいたようです、すいませんでした。私は無事です! あそこのインティファーダ(反イスラエル闘争)と戦闘はやはり中途半端じゃありませんね。戦車あり、迫撃砲あり、アパッチヘリありという状況の上、大抵の銃撃戦は夜間行われ、昼間は戦闘中のイスラエル兵に1kmも近づけません。 日本のビデオカメラマンとアメリカのフォトグラファーと私の3人で組んで取材していたのですが、危ないだけでちっともフォトジェニックじゃない。一度は戦闘を撮影していた私とビデオマンにいきなり戦車が向き直って照準をこっちに合わせはじめたので、取るものもとりあえず全速力で逃げたこともあります。
知ってますか?M16とかAK47カラシニコフといった戦闘用ライフルはとかは薬莢は大きいけれども、実際の弾丸の大きさはピーナッツぐらいしかない。それでも普通の拳銃なんかより全然強力で、鉄板や防弾チョッキもぶち抜いてしまう。戦車に付いている機関銃なんて弾丸だけでおとなの親指一本分ぐらいあって、コンクリートの壁も余裕でぶち抜いちゃうんです。 ガザではそんなのを日常的に使用してます。 同じ占領地区でもウェストバンク(ヨルダン川西岸)では大抵の場合、ゴム弾と催涙ガスのみ。イスラエル兵に近づいてバシャバシャ写真をとっても大丈夫。そうった意味でもガザは特別ですね。 ガザでは日中の戦闘員は小学生から高校生くらいのパレスチナ人の子供のみ。戦車やジープに石が届く距離まで走っていって投石する。子供の投げた石が届く程度の距離だからイスラエル兵にとってみれば狙撃は非常にたやすいことでしょう。 子供が狙撃されると安全地帯に待機しているパレスチナ救急隊員が救急車をすっ飛ばしてその子供を助けに行く。救急隊員も結構撃たれるようで、救急車の停め方から、降車、救出の仕方までかなりのコツが必要とされるようです。 さて、なぜ子供のみが戦うのでしょうか? まず第一に大人は家族を食わせるために日中働かなければならない。それに大人になるとある程度常識が身についてきて、近距離で戦車に投石するのは、とてつもなく危ないし、実質的な破壊効果はないということが容易に理解できるようになってしまう。 しかし子供たちは違うわけです。 キャンプ出身の子供には社会で成功して人から尊敬されるチャンスはほとんど無いので、インティファーダは彼らにとっての唯一の桧舞台なのです。
自分が囮になってわざわざ撃たれに行く小学生に「がんばれよ!」「気をつけてな!」と声をかける大人たち。ガザに住む大人たちの多くは毎日国境を越えて、彼らの敵であるイスラエルで働かざるをえない。しかしそれも国境を封鎖され、彼らの生活の糧は6ヶ月間奪われたまま。この先「石の革命」と呼ばれるインティファーダ(反イスラエル闘争)はどのように続いていくのでしょうか。 「こんな状態なら、自爆して死んだ方がマシだ」なんて若者がこれ以上出てこないことを祈ります。 以上 関連リンク |
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